外資系企業に入社して9点の驚きの事実とは

外資系企業に無縁だった私は、派遣で謀銀行に勤務していた。入社からして、想像もできない入社の仕方が私にとって、「外資系企業」だった。
毎日平凡な銀行の勤務。私は英語教育を小さい頃から親自身の夢を引き継がされるために受けていた。
外国人の科学の先生によるプライベートレッスンを3歳のころからやっていて、先生の隣の家のNeomiというアメリカ人と日本人の両親を持つ友達もでき、いつの間にか英語で遊ぶようになった。

そんな環境から、英語は回りの日本人よりも多少できるようになり成長した。海外に滞在した経験は旅行以外にはないけれど、英語や海外にいつも興味があった。自然と英語を勉強し続け、派遣の仕事でも英語を多少使用できる環境を望んでいた。

そんな理由で、銀行の為替窓口にいた私に外国人のお客様が来たのでした。
私は英語で会話すると、彼はとても喜んで”君!英語が話せるのか!!“とにっこりして帰って行った。
すると翌日またやってきて、彼の会社への勧誘が始まった。(驚き1.)そこから、半年間彼は週に何度か現れ、あるときは数人の外国人と来たりしながら面接だけでも受けて欲しいと勧誘し続けた。日本の企業なら社長自らそのような行動はあり得ない。外国人て不思議だなあとつくづく感じた。
私は正直自分の英語が友人間の会話ならともかく、ビジネスで使えるほどの自信が全くなかった。ビジネスのスキルも心配なのに、しかも全くわからないIT企業で英語!!正直自信がなかったのです。でも彼の長期に渡る熱意に負けて、ついに面接を受けることにしました。

面接はカフェで行われて、これもまたびっくり。なんか普通と違う。。。と思いながら、面接も3人の方と別々の日に行われた。
相手はデニムにスニーカーだった。(驚き2.)日本のビジネスイメージと違えば違うほどを私の興味を惹いたのは確かだった。
そうか、こういうのありなのかあ。。。って事あるたびに感じていました。
そして、その社長との面接は、私を知ろうとういよりほとんど2時間彼自身のヒストリー話で終わった。
自分はこんな人!だから企業して、どうして日本が好きで、どうやってここまできたかetc.. だから、君に僕の会社で自分の力を試して欲しい!と言われました。なぜ“だから。。”なのかよく分からないまま入社した。
会社事務所に初日案内されて行ってみたら、一軒屋だった。(驚き3.)
あれ?! なるほど。。これもまたあたらしいな!
社員は数人いたが、マネージャーが付きっきりで指導してくれた。かなりtoo much フレンドリーでもう少し距離をおきたかったけど、まあ我慢した。いろいろと勉強にはなった。

数日後、フィリピン人のおばさんが朝いきなりオフィスを掃除をしていた。(驚き4.)
フレンドリーでにこやかな人ですぐに友達になった。
“掃除もやっぱり外国人かあ。。。”彼女は11000円/1日のお給料でオフィスの掃除と社長やマネージャーの個人の部屋、洗濯、シャツのアイロンまでこなしていた。ほとんどの給料はフィリピンにいる家族に仕送りしていると聞いた。

私は、彼女から多くのカルチャーショックな話を聞いた。
ときどき彼女にお金〔フィリピンにいる子供たちのためのもの〕やプレゼントをすると、とても喜んでいた。彼女との出会いは私にとって、初めて話したフィリピン人で全ての話が聞いたこともない見たこともない世界で、衝撃だった。
“いろんな生活の仕方や、苦労、悲しみがあるんだな。”“どうしてこの人はこんなに笑顔でhappyでいられるんだろう”“自分は贅沢な生活環境なんだなあ”“自分はわがままだな”など、考えさせられた。
PCの前に一日中座って総務の仕事内容から始まった。
顧客管理、営業、見積もり、請求書作成、人事などいろいろな仕事を教わった。請求書一つを取っても、英語で作成されたInvoiceは私にとってとても新鮮でした。一通り、学んでいくうち営業の業務が重点となって行った。
顧客はほぼ外資系企業だった。ITマネージャーや、営業部長などとのランチ会議が
主な私の役目になって行った。
ランチミーティングだって日本のビジネスではあまり聞かない。(驚き5.)
ランチ食べながらまず会話をすることもあまり日本の情緒でないし、食事中にビジネスの
話が進行したりしないからである。でもこれは、日本で言えば夜の接待と同じなんだ!と気づいた。
暫くすると、私はアメリカン商工会議所のビジネスミーティングにほぼ毎日行くようになりました。そこではコースランチがでて、1度のミーティングに50人くらいが集まり、ランチをしながらその日のスピーチゲストのスピーチを聞くという形式である。
その後名刺交換をし、スピーチのトピックについて語り合い又は、互いに自社の紹介をするといった感じ。全てが私にとって新しく、日本人はいつも20%ほどしかいないので会話は英語一色である。あまり慣れないビジネス英語で自分の会社について話したり、IT業界についての質問について答えるのは最初かなり緊張し、言葉がでてこなかった。
ただ必死に練習しておいた内容を一方的に並べて話し、後は多く質問を投げかけ相手に話してもらうことでいかにもビジネストークが成り立っているかのようにするのが精一杯でした。
多くの業種を知り、多くの人種の人に出会い、多くの人柄を見る毎日は緊張と学びの連続で力を抜く余裕はなかった。(驚き6.)
顧客訪問で見るオフィスは日本のオフィスとは違った。(驚き7.)
会議室が全て透明のガラスで仕切られていて、外から全貌できるとか、社長室もどの部屋にも全くドアやパーティションがなくただ空間だけで分離していたり、イスの色がカラフルだったり、やたらかっこいい黒いPolycom製のPBXが通話手段だったり、しかもオフィスが高級ホテルの中だったり。。。と驚きの連続。
まるで自分までレベルUPされてしまったと勘違いしそうな日々でした。自分の実力以上のところに自分が置かれ、そこに後から必死でついていくような感覚だった。
でも考えてみれば言語やカルチャーの違いが自分にある種の劣等感を感じさせているだけで、消極的な思考はやめようとある日思った。
自分にもできると自信を持ち、自分の得意な分野を利用してそれが会社のため、もしくは会社に必要とされる人間になろうと思った。
一軒屋のオフィスはいつしかオフィス街の一角のまともなオフィスになった。
社長は一軒屋を自宅件、オフィスとして賃貸していたが、家全体を自宅にすることが可能になった。家の持ち主に賃貸更新時期が来た際に、家が傾いているので更新料〔1ヶ月分家賃〕を払いたくないと、持ち主に申し出たところ持ち主が同意しなかったため、裁判を起こした。裁判なんて縁がなかった私は、恐怖を感じた。(驚き8.)
“裁判なんて。。。私もなんか巻き込まれたらどうしよう。。” 日本人はあまり事を簡単に裁判にしないが、海外では日常茶飯事とその時に聞いた。

社長は被害にあっているのは私だ!という感じに豪快に笑って、「更新料なんて、詐欺だよ!自分の国では聞いたこともない!絶対に払わないよ!!ははは!!」
憎めない感じでおもしろかった。
結局更新料を払わなくてよいことになり、その代わり持ち主が傾きを修正する工事を決定した際には出て行くという条件になったらしい。
賃貸契約の持ち主に言われたとおりに受けるのが当然と考える傾向にある日本人にとっては、勉強にもなる一件だと思った。
社員も増え、活気がでてきた。新しいオフィスの掃除はフィリピン人のおばさんがフィリピンに帰るので代わりのフィリピン人の方を紹介してくれた。彼女とも友達になったが、前の人ほど近くはなれなかった。

社員が増えるごとに各社員は会社への不満を語りだした。社長や上司の性格、会社雇用環境の不備の指摘。社員同士のお昼の話題はいつもそれだった。
正義感の強い私は、日本の人事部門の不備は日本人である私が何とかしなければみんなの不満が膨れてしまうと、必死に勉強し不備の改善に徹し始めた。
外資系では日本企業のような自動昇給システムはあまりないらしい。(驚き9.)
日本だと、その社員の実力や成績がどうであれある程度みな普通に4月になると昇給があるが、ここでは違った。4月になって給料明細をみても何も変化がない。昇給は自分で申し出るのが普通らしい。
自己勤務の実績を主張し、昇給を申しでなければ同額の給料で何年も過ごすことになる。これもまた日本人のカルチャーにはあまりないことで、奥ゆかしい人には難関になる。

これらの驚きの経験は、外資系企業に出会えたからこその貴重なものであります。
今後も多くの驚きを多々の分野で味わいながら、成長したい。

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